【3/n】路上生活からの脱却日記 – ヤマト運輸さんとの出会い

2025年4月6日

私は路上生活中の収入をすべてフードデリバリーに頼ってきました。しかしながら、フードデリバリーは、実はもう3年近く続けており、医学部再受験も、フードデリバリーくらい時間の自由があれば、快適に受験勉強をすすめられると考えていましたが、甘かった。その中でも色々あり、結局お金はたまらず、勉強にも集中できず、反対にどんどんと稼働が減って貧困に陥っていました。

そんな時に、私はこのブログがグーグルアドセンスに合格したことから、宣伝のためにTwitterを始めることとなります。グーグルアドセンスを申請した本当の理由は、結局何らかの不労所得に近しいものがないと、医学部再受験は厳しいと考えたからです。

そうした経緯で始めたTwitterで、他のホームレス様が、タイミーというアプリや、ショットワークスというアプリで日払いで報酬を受け取りながらなんとか生活を改善しようと努力していることを知ります。

私は以前から、受験勉強の手を止めてでもフードデリバリーのような完全歩合制からまずは抜け出すことが自分にとって必要だと考えていました。しかし、東京都内に住所がない(住んだこともない実家に住民票自体は移している)私にとって、通常のアルバイトはおそらく住所を偽らないと採用されないと諦めかけていたときでした。また、どちらにしても月払いに移行するまで耐えられるほどの金銭的余裕はありませんでした。

日雇いアプリのインストールの嵐

タイミーをインストール

さて、下手な考え休むに似たりという諺のとおり、金銭的にも余裕がなく、タイミーという日雇いアプリを知った以上、即行で登録する以外に選択肢はありません。なにより、日雇い方式で即日報酬が振り込まれるフードデリバリーmenuの呪縛から解き放たれたいと願っていました。とにかく僕は8時間労働をして人権を取り返さなければならないと思っていました。

タイミーは、キャンペーン中だったのか、研修動画を見てクイズに解答すると、1,000円をくれました。おためしで、振り込み申請をしてみると、ものの数秒で振り込まれました。これはフードデリバリーmenuと同じような方式です。

しかし、問題なのは、タイミーで案件をいくら探しても、倉庫の作業か、コンビニしか案件がありません。あれれ?研修動画では、タイミーでバイトしつつバイクで全国を回っている人がいると紹介されていた気がするなぁと思いつつ。しかも、コンビニはコンビニレジ経験者のみの限定募集であり、コンビニのレジ経験が国家資格であるかのように思えてきました。それをTwitterで呟いたら、引用で、webにオペレーションのマニュアルが転がってると教わりました。どうやら、その方(今では僕は一方的に年上の友人だと思っているのだが)は未経験で切羽詰まってコンビニに応募し、コンビニ夜勤を確保することに成功したらしい。しかし、私はそれほどの勇気が出ませんでした。やはり背後にはフードデリバリーで働けば即日報酬がもらえるという「甘え」があったのでしょう。そして、とりあえず、日雇い系のアプリをすべてインストールし、登録しました。

ショットワークスのインストール

タイミーに続いてショットワークスというアプリをインストールしました。これは、タイミーよりも聞いたことがあるアプリ名で、過去にインストールまではした記憶がありました。そこで、ヤマト運輸さんの案件を見つけます。ふむふむ。どうやら倉庫内での仕分けの仕事らしい。しかし、コンビニと同等か、それ以上の単価(1通勤辺りの金額)だなと感じこれに応募してみようと思いました。しかし、ここでも、私は勇気がでません。新しい仕事に移行するのってこんなに勇気のいることだったっけと思いつつ、時間が流れ、その間フードデリバリーmenuで食いつないでいました。

そんな折、前職の元上司から受験応援の連絡をいただき、どこまでいっても頑張れない自分が恥ずかしく慚愧に耐えない思いになりました。その時の感情の流れは目覚める時の感覚ってこんな感じなんだろうなと、思いました。

ショットワークスコノヒニのインストール

さて、気合いをいれて自分の人生をあきらめずに頑張ろうと決め、もう迷いはなくなりました。ヤマト運輸さんの仕事に応募してみよう。そう思ったところ、ショットワークスアプリから、ショットワークスコノヒニというアプリに誘導したうえで、ヤマト運輸さんは案件募集をかけていました。即行でショットワークスコノヒニをインストールし、ヤマト運輸さんの案件に応募します。報酬は12,200円ほど、募集人数はおよそ30人、まだまだ先の予定であるから、精神的にも余裕が持てるだろうと3日間の夜勤の案件を確保しました。これがヤマト運輸さんとの出会いです。

ヤマト運輸さんの倉庫のお仕事

労働当日になり、肉体労働がかなり久しぶりの私は、かなり緊張していました。自我を保つため、わざわざ銭湯にも行き、コインランドリーで洗濯までしました。安全靴は本当に借りられるのだろうか、送迎バスに乗らない場合はどこから入るのだろうか、日雇い労働は、実は初めてではないため、そういう細かい不安を感じるのは日雇い労働者の常なのだと思います。僕は、そのとき自転車をもっていたため、倉庫近くの駐輪場に停め、徒歩で通勤しました。

仕事内容は倉庫内の仕分け作業とあります。なにをやらされるのだろうという不安とともに、この勤務が終われば、日雇いとは言え9時間拘束8時間労働に戻れるかも知れないという少しの期待もありました。

僕に与えられたお仕事は、ベルトコンベアから流れてくる各種荷物を、住所ごとに区分けされたコンテナにひたすら積んでいくことです。この積み方にもコツはあるものの、要はテトリスのようなものです。しかし、ほとんどの荷物は、コンベアから流れてきたその最新の荷物を積むことになり、テトリスのように次の積荷の形が見えないのが難しいところです。

それと2分に1回くらいのペースでかなり重たい荷物が流れてきて、すぐに汗でびっしょりになりました。ただし、人間関係的な辛さはありません。ヤマトの社員さんと思われる方は皆さん親切でした。

この仕分け作業、まさにディレクトリ構造、フォルダ分けなのだなと思った瞬間でした。

当初は、永遠同じ作業の繰り返しで、飽きが来ることによる精神的な辛さを想像していたのですが、休憩時間までこれをノンストップで行う肉体的な辛さが主なのだと知り、翌日以降の連勤は無事に終えることができました。

ヤマト運輸さんの仕事に限らず、夜勤という労働形態が僕は好きだったなと思い出しました。

この3日間で、36,000円ほど手にすることができると考えれば、かなり大きな意味があったのでしょう。何より、フードデリバリー以外で働いたのが非常に久しぶりであったため、新鮮な気持ちを取り戻しました。

その後、他社の倉庫作業で地獄を見ることになるとは、この時は、まだ、知らない。